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2010年05月16日

一銭五厘の旗

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先日、ずっと探していた暮らしの手帖初代編集長・花森安治の「一銭五厘の旗」をやっと購入できました。
美しい装丁は勿論のこと、本文の挿画に至るまで全て花森安治。


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箱から出すと


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接ぎ合わせた木綿の写真を使った美しい装丁が現れます。


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広げるとこんな感じ。
いつまで見ていても飽きない本当に美しい装丁です。
こういう本が普通に店先に並んでいた頃の本屋はどんな風だったんでしょうね。


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僕が特にハッとしたのは、

『ただ値が安いというだけで、野菜は魚より軽んじられ、木綿は絹よりも蔑まれてきた。
わけても紺ガスリはまれに、その好さを言うひとがあっても、木綿というだけ、安価というだけで、ふだん着と考える、そのワクから出ようとはせぬ。
銭を離れて無心に見れば、その色、肌ざわり、手厚く冴えかえって、数多い布地、日本外国を並べて、これは第一等の美しさであるのに』

『もっとあとになって、二十一号では久留米へ出かけていって、久留米がすりが織りあがるまでのこまかい写真のルポルタージュをのせている。こんなに紺がすりに執着するのは、ほんとうに美しいものとはなにか、それを編集者が読者に率直に問いかけている姿勢からくるのであった。
…せっかくの美しい生地がむざむざと、いま新しいペラペラのどぎつい色と柄の生地に置き換えられて捨てられようとしている。
それへの挑戦であり、反撃であったのである。
日本が昔からもちつたえてきたもののなかから、美しいものだけをよりわけて残していく、そのための主張であった。』

という一節。目から鱗。
花森安治のように、虚飾なく真っ当に本当の美しさを問いかけてくる雑誌は現代日本にあるんでしょうか。
少なくとも僕が東京に憧れながら田舎の高校生時代に読んでいたファッション雑誌は「よくわからない服を『カッコイイ』と定義づけて売ろうとしていた」だけのような気がします。

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そして花森安治が恐れた通り、木綿の美しさが省みられなかった結果、「新しいペラペラのどぎつい色と柄の生地」が主流になり木綿織物は普段着としてもほとんど姿を消してしまいました。
広い日本を見渡せば、久留米絣をはじめとして会津木綿や松阪木綿、三河木綿に伊勢木綿、ざっと挙げるだけでも真面目に織られている美しい木綿はいくらでもあるのに。

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当社も微力ながら少しずつでも、日本の美しいものが真っ当に評価されるつなぎ手であり伝え手になっていきたいなー、と思いを新たにしました。
posted by 星燈社 at 09:13|