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2010年06月24日

遠くアフリカ-大団円




タンザニアのキゴンセラ村にて教師を無事に務め上げ、昨日6月23日、関西国際空港経由で池田くんがタンザニアから帰国してきました。

池田くんの迎えには、僕、栃木に行く際にお世話になった中高の同級生坂本くん、当社スタッフ石島、そして池田くんのお母様と妹さんがいらっしゃることに。
当たり前ですが、一番楽しみなのはご家族ですものね。
僕らは邪魔にならないように、草葉の陰で息を潜めてはしゃごうと思います。

モノレールに乗り
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羽田空港へ着きました。

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そのまま第一ターミナル・北ウイングへ。

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エスカレーターを上り到着口へまっしぐら。
この無機質さがなんだか非日常感を掻き立てますね。

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関西国際空港経由で、20時25分の到着。


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池田くんのお母様に続いて、石島それから


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坂本くん、妹さんと、続々と皆集まってきました。

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到着までの間にメッセージカードを書いている坂本くん。

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あっもしやカーディガンについているのは

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「久留米絣のボタン・山高タイプ」ではー。
手前味噌ですが、シンプルなカーディガンが
カラフルなボタンでポップになっていました。

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それにしてもまだ着かないのかなー。

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「いい記念になると思うから!」とビデオを回す石島。

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到着口を見つめる池田家のお二人。

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そんなご家族の胸の高鳴りの陰で

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息を潜めてはしゃぐ面々。
いや僕らだってかなりドキドキしているんですよ実は。

飛行機が羽田空港に到着しても、なかなか池田くんの姿は見えず。
その間、アフリカにいる間は髪をおだんごにしていた池田くんがどんな髪型で戻ってくるか賭けることに。皆の予想では
@おだんご Aフォーマルな髪型 B坊主 のいずれか。
さあ結果やいかに。

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あれ?

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これはもしや

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なんとまさかの皆大外れ

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先日解散したはずの「ゆらゆら帝国」カット!
これは予想していませんでした。
ちなみに2年前、日本を出国するときの池田くんは
坊主+黒縁眼鏡でeastern-youthの吉野寿にそっくりでした。

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そして、念願の池田家ご家族の再会。
こんな貴重な場面に立ち合わせて頂いた
僕らはとても幸せだなーと思いました。

そして恐れ多くもご家族団らんの場にお邪魔させて頂くことになり、渋谷区・恵比寿の街を肩で風を切って訪れたるは


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「酒処 呑兵衛」。

二年前、アフリカに行く直前、池田くんが

「あのさ…別に好きでもなんでもないと思っていた人が急に遠くに行っちゃうだってわかった途端、急に愛しくなることがあるって話があるじゃん。俺やっとその気持ちがわかったんだよね。
って言っても俺の場合は人じゃなくって食べ物なんだけどさ。
俺何がつらいって二年間その食べ物に会えなくなると思うと、そのことがすごくつらい。」と切々と語っていました。
さあ「酒処 呑兵衛」にて果たして二年ぶりに会えた
念願のそれとは




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もずく酢。

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うわ!本物のもずく酢じゃん!


二年ぶりにもずく酢を食べたら
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池田くんの髪の毛がもずくみたいになっちゃいました。


地方出身の方はおわかりだと思うのですが、方言の中でも、他の家庭では同じ使い方はしない「家族内方言」あるいは「親族内方言」というものが結構存在します。

池田家の「家族内方言」は「ガッチャキ」というもので、どうやら「お仕置きする」という意味で使われているとのこと。
池田家で「あれガッチャカねば駄目だー」と言うとき「あれはお仕置きしないと駄目だ」という意味になるそうです。


そして何故かその時に、割り箸にガーゼを巻きつけた謎のモノを用意するらしいのです。
しかしそれをどうやって使うのかはまったくもって不明。
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これがその池田家直伝「ガッチャキ」。
いったいこれは何に使うんでしょうね。


それはそうと、この「酒処 呑兵衛」、「看板料理とはいかないけど、居酒屋には外せないでしょう」という定番のモノを揃えていて、なかなか良いお店なのです。たとえば
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「珍味三点盛り」。
「たこわさ・チャンジャ・いかの塩辛」だなんて、
お酒が進むに決まってますね。

ちなみにこちらが
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元「金髪・モヒカン・ボンバーヘッド」の珍味三点盛り。

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そんなのも今や遠い昔ですけどね。

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久しぶりの再会なので、もはや箸が転げても面白く感じます

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じゃー折角だしあれやろうぜ

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ガッチャキ!

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しかしいったいこれは何に使うんでしょうね

本当は積もり積もったアフリカの生活や仕事の話を聞くはずが

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ひたすらどうでもいい話で大笑いしているうちに

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午前零時。矢のように時間は過ぎてお開きの時間になりました。しかし、久しぶりにこんなに笑った気がします。


思えば、池田くんがアフリカに行ってからの2年間、僕は心のどこかでいつもアフリカにいる彼に負けないように着実で確かな一歩を踏んでいかなればいけない、と意識していました。
そういう意味で、遠くアフリカから池田くんが帰ってきたことでやっと僕の中でも本当にアフリカの旅が終わったような、そんな気がします。

それでは計14回に渡ってアフリカ旅行記「遠くアフリカ」の駄文にお付き合い下さった皆様、どうもありがとうございました。

【遠くアフリカ】おしまい。
posted by 星燈社 at 23:47| 『遠くアフリカ』

2010年06月22日

遠くアフリカL



アフリカ旅行最後の夜、最後だということでビールを飲みながら池田くんと珍しく仕事の話をしました。ジーンズのより良い色落ち方について大真面目に話していた頃に比べると、思えば随分おっさんになったものです。

色々と話していた中でハッとしたのは「星くん(僕のこと)の会社は生活者のための会社だよねー」と言われたこと。
そういえば僕は何よりも生活者の役に立つためのモノなり会社を作ろうとしているような気がします。
これは言い得て妙だなー、と思って次の日池田くんにその話をすると「ごめん酒に酔ってて覚えてないわ…」そして「でも俺随分いいこと言うね!」とのこと。そんな池田くんがしかし、生徒に勉強を教える場面になると一気にしっかりするんですから仕事っていうのは不思議なもんです。

それに、アフリカの学校で「起立・気をつけ・礼」を導入したり、面白い実験をどんどん授業に取り入れる池田くんの働き方を見て「仕事が楽しくない」と不平を言うんじゃなくて「自分から仕事を楽しくする」ってことの重要さを知りました。
そもそも「第三世界で教師をしている」なーんて聞くと「奉仕」を想像しますが、池田くんはあくまで「おもしろそうだから行った」というスタンス。そう考えると「仕事を楽しむ・楽しくする」という性質は天性のものなんでしょうね。電気もないキゴンセラに住んで、いっそうその性質に拍車がかかったような気はしますが。

起立・気をつけ・礼・イン・キゴンセラ村の図82.JPG
はいじゃあ今日の授業はここまでー。みんな起立ー。


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気をつけーー


84.JPG礼ーーーーー


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先生ありがとうございましたーー


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ペコリ


そして明くる日の昼過ぎ、僕は懐かしの日本へと帰る飛行機に乗るために空港へ。ありがたいことに池田くんが空港まで見送りに来てくれるとのこと。


空港までタクシーで行こうと、
タクシーが集まる場所へ足を運ぶと
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いきなり手をつかまれての客引き。

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しまいには両手を引かれて池田くん大人気。
しかし何で池田くんちょっと嬉しそうなんですかね。



空港までの道路は大混雑。こういうときを見計らっていろんな物売りがやってきます。カシューナッツやトウモロコシ・水売りはわかるんですが、時に「いやこれは絶対買わないだろー」という物を売りに来る人がいて、それを見ているだけで渋滞も楽しくなります。たとえば

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めちゃめちゃでっかい地図とか。
「あ、忘れてたーでっかい地図買わなきゃ!」
なんてことにはならないでしょう絶対。


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空港に着く頃には豪雨。

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タクシーから空港に入るまでのわずかの間にびしょびしょ。



二週間という短い期間でしたが、アフリカの自然や世界遺産ザンジバルの街並み・人の生きる力のあふれる市場の雑踏を肌で感じることのでき、とても濃密な日々でした。
いつかもう一度アフリカに行きたいなー。その頃にはきっとまたモノの見方や感じ方も変わっていて、また新鮮な気持ちで楽しめるでしょうし。

そんなわけで、これにて「遠くアフリカ」おしまいです。
駄文にお付き合い下さいました皆様、どうもありがとうございました。

と思いきや、あと一回「遠くアフリカ-大団円」をお届けします。
というのも、実は明日23日、池田くんがキゴンセラでの教師の仕事を無事終えて後任に引き継ぎ、数年ぶりに日本に帰ってくるのです。お帰りなさい!
もう今は日本行きの飛行機に乗っている頃でしょうか。
キゴンセラで教師の仕事をできたらもう、世界のどんな場所でどんな仕事をしても大丈夫でしょう。
ましてや日本で教師の仕事をしたらあんまり張り合いがないかもしれませんね。まず電気あるし。


そんなわけで、「遠くアフリカ-大団円」よろしければ是非ご覧ください。

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池田先生おつかれさまでした。


【遠くアフリカ-大団円】へ続く
posted by 星燈社 at 20:00| 『遠くアフリカ』

2010年06月21日

遠くアフリカK




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妖精たちのやってくるコテージもとい、巨大ヤモリがやってくるコテージに泊まった僕らは、寝る直前になってガイドに
「あ、そうそう今日はライオンが近くにいるから絶対に外に出るな!」と言われ、夜はコテージを一歩も出られず監獄状態。
しかも網戸なんて文明の利器はないので、蚊を防ぐために窓を隙間なく閉めコテージの中はサウナ状態。
巨大ヤモリ・ライオン・サウナの三重苦の一夜でした。

夜中、ふと目が覚めると猛獣のうなり声のようなものがすぐ近くから聞こえてきて、思わず恐怖におののきました。が、まあその正体は池田くんのいびきという実にありがちなオチでした。


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そんなわけで今日も快晴。
相変わらず焼けるような日差し。

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暑さを紛らわせようと水浴びするゾウ。

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あーもういっそゾウやめてカバになりたいわ

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噂のカバ。確かに涼しそうでした。
ちなみにカバはスワヒリ語で「キボコ」といいます。
「木ぼこ」!そう、ご存知の通り(!)「こけし」の別名ですね。

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遠くの川でも、ゾウが水浴びしていました。
大人のゾウが水浴びを終えて移動しても

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子ゾウだけ駄々をこね水浴びしていて、母ゾウが困っていました。こういうところは人間もゾウも変わらないんですね。

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昔読んだ「星の王子様」の小説ではバオバブの木は星を壊す邪魔者でしたが、ルアハに住む動物たちにとっては、この木が生命線になっているそうです。
というのも、乾季の季節、ルアハのゾウたちはバオバブの幹を食べて水分を補給するとのこと。

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こちらが幹を食べられたバオバブ。
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あとキリンがバオバブの木陰で休んでいたりもします。


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野生のサルたち。
こんな広い大地で木から木へ飛び移って暮らすのは
さぞかし楽しいことでしょうねー。いいなーサル。
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いやサルよりもカバになりたいわ

アフリカの自然公園は、人間の手をかけていない野性のままの世界です。
そのためか、その日によって出会える動物が結構バラバラらしいのです。ゾウがたくさんいてもキリンが全然いない日とか、はたまたその逆とか。僕が行ったときは、運よく満遍なくいろんな動物がたくさん見られましたが、その中でも特にキリンに多く出会えたような気がします。

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キリンが一頭
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キリンが二頭
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キリンが三頭。
だんだん僕もキリンの仲間のような気がしてきました。

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あっまたしてもキリン発見。
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チラリ
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© 池田友亮
こんにちはー。


そんなわけで一泊二日のルアハ国立公園の滞在も終わり、途中寄り道をして、本当にどうしようもないタンザニア人のおじさんに出会い、辟易しながら(この話はいずれどこかで)イリンガの街へ戻りました。


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お疲れ様でした。こちらはシャワー(水)つきシングルルーム。
1泊1200円にしては随分上等な宿です。

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この日はちょっと贅沢をしてレストランに行き

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TUSKERという、ゾウの絵柄のかわいいラベルがついたケニアからの輸入ビールを飲みました。


そしてこの次の日は【遠くアフリカF】イリンガ→ダルエスサラームのバスの旅に続くのですが、時間軸はまた【遠くアフリカI】のあと、ザンジバルからダルエスサラームへ戻ってきたところへと戻ります。もう僕の旅も終わりです。
3ヶ月に渡ってゆっくりと更新してきた「遠くアフリカ」も次回で最終回。今までお付き合い下さった皆様、どうもありがとうございました。

【遠くアフリカL】へ続く
posted by 星燈社 at 22:57| 『遠くアフリカ』

2010年06月20日

遠くアフリカJ



ザンジバルから帰ってくると、もう今回の僕の旅は終盤。
と、ここで、実は詳しく書いていなかったのですが【遠くアフリカE】【遠くアフリカF】の間に「ルアハ国立公園」という自然保護区に行き、アフリカの手つかずの自然を見てきていたのでした。
ちょっと時間軸は前後しますが、どうぞアフリカの自然の鮮やかなコントラストをお楽しみください。

※ちなみに、まだこのときは健在な池田くんのカメラも見所です。(カメラ事件についてご存じない方は【遠くアフリカI】をご覧ください)


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寝ぼけ眼をこすり

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ガイドを雇って車に乗り込む。


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アフリカの自然が残る国立公園までの道は、当然未舗装。
かなり道はガタガタなのですが、道中の暇つぶしとして、互いの高校時代の痛手を突き合っていた僕らの精神状態も同じぐらいガタガタ。

高校1年生の頃、池田くんはモヒカン・ヘアーだったのですが、僕は僕で何を勘違いしたのか茶髪にパーマのボンバー・ヘッドでした。
さらに高校の入学式の次の日に配られた学年通信で「今年はボンバーヘッドの生徒が入学してきたので誠に遺憾である」と書かれたことをモヒカン池田に掘り返され、僕の精神状態はもはやアフリカの道路よりもガタガタ。あー恥ずかしい。

でも当時飼っていた鳥(スズメ)が僕のボンバーヘッドを巣だと思い込んで羽を休めていたのはいい思い出です。


まあそんな話はさておき
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ガタガタ道を越えて国立公園として囲われているエリアに入場。

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僕らは車の上に乗っていました。
落ちたらライオンの餌食ですね。
「そんな国立公園の中で襲われることないんじゃないのー」
と思われるかもしれないんですが、僕らが国立公園に行った夜、現地の人がしっかりライオンに襲われたそうです。戦慄!

国立公園エリアに入場しても相変わらず僕ことボンバーヘッドがモヒカン池田の過去の痛手(レコードと間違えてLDを大量購入)を掘り返していると、車が急停車。


なんだよ急に止まって!と思ったら

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すぐそこにキリンがいました。

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こんにちはー

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でもいま食事中なのでさようならー。


正直僕は大自然よりもむしろ、人間の生活の中の雑踏や暮らしぶりに異国情緒や魅力を感じるほう。
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でもこの大河川はスケールが違いました。
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僕のちっぽけな悩みぐらい流してくれそうな雄大さ。
そういえば帰国してから、前よりいっそう小さなことで悩まなくなりました。
でもこれ以上悩まなくなるとただのバカになりそうなので気をつけないと。

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あっシマウマ!

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いらっしゃい!

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こちらは憧れのバオバブ・ツリー。
なんて雄大な立ち姿なんでしょう。

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抜けるような青空。

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あっまたシマウマ!

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いらっしゃい!



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今夜泊まるロッジ近くで休憩。
この茅葺屋根の建物は食堂なのですが、屋根をよく見ると

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ゾウになっています。
こういう小さな遊び心が大好きです。

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この日は運よく、かなりの快晴。
国立公園に来るのにこれ以上の天気はありません。
しかし遮るものが何もない炎天下、車の屋根の上は灼熱地獄。
水を飲んでも飲んでも汗となり、さらにそれがどんどん気化していきます。
しまいには、あまりに僕らの汗が気化しすぎて

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雲ができました(ウソ)。

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日本列島そっくりの雲も発見。

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池田くんのカメラもこの時はまだ健在。

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パシャリ
このあとダルエスサラームで、思いもよらない不幸が彼を待ち受けているのですが、神ならぬ身の彼がまだそれを知る由もなく。


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バオバブの下で遊ぶ子供たち。
動物があまり寄り付かない地域には、普通に人が暮らしています。別に柵があるわけでもなんでもありません。人と自然とのバランスって、きっとすごく微妙な均衡の上に成り立っているんですね。

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シマシマ。

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彼らはインパラ。

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今こうやって写真を見ると「おおー、空が広くてどこまでも続く大自然!」と思ってしまうのですが、これを撮ったときには「とても写真にはおさまりきらないし、全然写真じゃあ良さが伝わらないな」と強く思いました。

どんな優れた写真でも文章でも映像でも、その土地の空気や温度、においや空間の広がりまでは伝えきれません。
今はインターネットで世界中のあらゆる風景を瞬時に見られる時代。でもやっぱり自分の目で見て肌で感じなきゃ本当のことはわからないんですよね。
いやむしろ、そんなインターネット時代だからこそ、生の経験の重要さが浮き彫りになっている気がします。



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そして日が暮れ

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夜の闇がやってきました。
小さく見える彼らは夜の闇の中で狩りをするジャッカル。

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こちらは僕らがこの日泊まったコテージ。
なんだか妖精たちが入ってきそうですねー!
まあ実際に入ってきたのは

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巨大ヤモリでしたが。


【遠くアフリカK】へ続く
posted by 星燈社 at 20:55| 『遠くアフリカ』

2010年06月18日

遠くアフリカI



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ザンジバル滞在3日目、タンザニアで物理教師をしている池田くん(詳しくは【遠くアフリカB】をご覧ください)は、仕事の関係で、ひと足先にダルエスサラームへ帰りました。
このあとダルエスサラームで、思いもよらない不幸が彼を待ち受けているのですが、神ならぬ身の彼がまだそれを知る由もなく。


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それにしても船着場はすごい喧騒だなー。
と思って辺りを見回していると

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ん?
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怪獣みたいにでっかいカジキマグロを持ち歩くおじさん発見。

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僕はこの日もまたひとりで世界遺産・ザンジバル島のストーンタウンをひた歩きました。迷路のようなストーンタウンを歩いていると毎回いろんな路地に行き着きます。


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ザンジバルの白の街。

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昼間から日陰で談笑する人たち。
なんでも同じ政党を支持する人たちが集まる場所とのことですが、まあ、政治を激論しているようには見えませんでした。でもきっとそれでいいんでしょうね。
政治的にいろんな困難がある上、ただでさえ日差しが強く蒸し暑いザンジバルで昼間から熱く政治の議論をしていたら絶対熱射病になりますもんね。


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そこからちょっと離れて路地を入ると、
一転まるでヨーロッパのような街並み。

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かと思うとイスラム風でもあり

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歩くたびにどんどん新しい姿を見せるストーンタウン。

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この日の夜も綺麗な月がザンジバルの空に昇りました。
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ザンジバルには三日月がとてもよく似合います。

そうして明くる朝の船に乗り名残惜しくもザンジバルを離れ、僕もまたダルエスサラームへと戻りました。
ザンジバルを訪れて見た街並みや人の暮らしぶりの記憶は、植物の種から芽が出て成長していくように僕の中で成長して、これからいろんなモノの見方や考え方にどんどん影響を与えそうな気がします。

あ、そうそうダルエスサラームで池田くんの身に何があったかといいますと【遠くアフリカH】で、ザンジバルの夕陽を撮るときもそうだったのですが、彼は昔から「ここぞ!」というときに周りの誰もが予想していなかった奇跡的な事態に陥る体質でして、仕事仲間たちと集合写真を撮ろうとしたときに



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買ったばかりのカメラを落として壊してしまいました。
上の写真は失意のあまり寝込む池田くん。
「俺、やっとニュートンの気持ちがわかったわ…」
という意味ありげで実のところまったく意味のわからない名台詞をつぶやいていたので、とりあえず忘れないようにメモを取っておきました。

【遠くアフリカJ】へ続く
posted by 星燈社 at 22:06| 『遠くアフリカ』

2010年06月16日

遠くアフリカH



ザンジバルに滞在している最中は、「ザンジバル島のストーンタウン」として世界遺産に指定されているエリアの中にある宿に泊まりました。


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昔の建物を利用している宿異国情緒溢れる素敵な外観。
部屋の窓を開けると
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こんな眺めが広がりとても良い目覚めでしたー。
と言いたいところですが、
朝からこれでもかというぐらい暑いのです。

どのぐらい暑いかというと

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水揚げしたタコがすぐにこんな風になるぐらいです(ウソ)。
でも池田君が毎晩悪夢を見るぐらいには暑かったです(ホント)。


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そんなわけで朝から干しダコも並ぶザンジバルの市場へ出掛けてきました。

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門をくぐり、いざ市場へ。

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たくさんの種類の豆やスパイス。
実はザンジバルのスパイスは良質で有名とのこと。
クローブ・ジンジャー・カルダモン・アニスそれからクミンとなんでも揃っています。

市場の外は、雑多な喧騒。
「この喧騒の空気をうまく写真に納めなくては!」
と元・写真部の変な使命感が沸いてきました。
そういえばこういう写真ばっかり撮っている時期もありました。
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というわけでパシャリ。
うーんどうもうまく空気感が出ません。

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さらにパシャリ。
うまく撮れた!と思ったら
めちゃめちゃカメラ目線の兄ちゃんがど真ん中にうつってしまいました。むしろこの兄ちゃんのポートレイトみたいになってるし。
というわけで今度はその反省を生かしカメラ目線の人が誰もいない隙を見計って



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三度目の正直でパシャリ。
今度こそ!
…と思ったらよりによって某ハンバーガーショップのロゴTシャツを来た兄ちゃんが颯爽と歩いてきているのを見逃していました。
い…異国情緒が…!


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そんなわけで写真は断念しながらも

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日がなザンジバルの街を歩き、
夕暮れの迫る頃海岸へと向かいました。
というのも、むくつけき僕は全く知らなかったのですがザンジバルの浜辺は世界でも有数のサンセット・ビーチらしいのです。

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白の街をずんずん歩き
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ザンジバルの海が

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見えてきました。

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夕陽の照り返しも綺麗。

実はこの時期タンザニアは雨期でほぼ毎日夕立が降るため、晴れて・しかも雲がなく夕陽が綺麗に見れる日はほとんどないそうです。

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しかし僕は運がよく

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実に綺麗な夕陽を眺めることができました。

ちなみに池田君はこの旅の直前、日本から新しいカメラを送ってもらっておりまして「このカメラ夕陽とかめっちゃ綺麗に撮れるんだよねー!」と物凄く張り切っていました。

しかし彼はこういうことに関しては奇跡的に運のない男でして、
よりによって一番夕陽が綺麗に見えるタイミングで


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日本に住むお母さんから電話がきました。


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電話後、それでも諦めきれず夕陽を撮る池田くん。

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「だめだ…やっぱもう暗くてブレるわ…」

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そうして西の空に日は落ちて

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東の空から月が出ました。

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月明かりの下、東の海岸にはザンジバルの名物・屋台がたくさん出ています。
うっかりしていると時々お釣りをごまかされることがあるのでお気をつけ下さい。
それから迂闊に屋台のサトウキビジュースを飲むとお腹を壊すことがあるのでお気をつけ下さい。

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こちらは海産物の屋台。
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どーん。こんなに大きなロブスターが1尾1000円。
お兄さんもどこか自慢げ。
ちょっと食べようかなーとも思ったのですが、池田君がお腹を壊している(ヒント:サトウキビジュース)ので諦めました。
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ザンジバルはイスラム教徒が多くおおっぴらにお酒は飲めないため、路地裏の真っ暗な酒場で他愛のない話をしながらも、ザンジバル2日目の夜は更けていきました。

【遠くアフリカI】へ続く
posted by 星燈社 at 23:59| 『遠くアフリカ』

2010年06月14日

遠くアフリカG




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ダルエスサラームの布市場で思う存分に布を買った次の日、船に乗ってザンジバル島へ向かいました。


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宿泊した宿の近くにある地元人御用達の定食屋でしっかりと朝食を。


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バナナのスープ。バナナといっても甘くはなくジャガイモみたいで濃厚。おいしい!

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それに朝からチャパティとポテトコロッケ。
地元の人御用達のことだけあって、どれもおいしくてしかも安いのです。



しっかり腹ごしらえした僕らは炎天下の街の中をフェリーターミナルまでひた歩きました。
35度越えの炎天下の中、布をぎっしり詰め込んで重たくなったバックパックを背負ってひた歩くのはさすがに重労働。
正直何度も気を失いそうになりました。

しかしなんとか生きてターミナルまで辿りつき、3時間船に揺られた末


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やっとザンジバル島までたどり着きました。

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フェリーから一歩降り立つと、黒い衣装を身にまとった女性たちやアラブ系の顔立ちの人々が目立ちます。
というのもザンジバルはヨーロッパやアラブの支配を受けてきた島だからとのこと。
今でも街にはヨーロッパやアラブ風の建物が残っていて、その複合文化的な町並みが「ザンジバル島のストーンタウン」として世界遺産にも登録されているのです。

でも実際に訪れてみると、たとえばカンボジアのアンコールワットのような、もう変わることのない「遺跡」ではなく人々の生活の場として「生きた街」でした。
そして何より空と海の青とストーンタウンの白がとても綺麗。


さあ、いざストーンタウンへ。

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青い空に

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白い壁。

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ストーンタウンにはちいさな路地がたくさんあります。

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こういう敬虔な空気が大好きです。



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あっ果物の女王マンゴスチン!


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おいしかったです。


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一枚の絵のようでした。


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マンホールにも素敵な意匠。


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そして広場へ。



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青い海と


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飛び込んで遊ぶ子供たち。




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ザンジバルといえば、海辺の屋台が有名です。
この日も昼からケバブやさとうきびジュースの屋台が出ていました。

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「これうまいんだぜー」
と同行の池田くんがさとうきびジュースを注文。

僕はお腹の具合が悪くなるのを恐れて注文しませんでしたが、さすが現地在住の男は体の出来が違うと感心。

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と思いきやあとでしっかりお腹を壊していました。
しかも猛烈に。
あとなんかよく見たら何故か池田くんジュース屋のおじ様に睨まれてませんかこれ。

独特の文化とストーンタウンの街並みが生活の中に残るザンジバルの暮らしぶりを見て、日本人の僕らも真似しないといけない部分があるなーと思いました。
今の日本の都会の街並みには赤や緑、黄色の原色の看板が立ち並びあまりにも色に溢れていて、街全体の調和がないような気がするのです。
いや企業同士競合するのは当たり前ですし、目立ってなんぼというのもわかるんですけどね。
しかしたぶんですが、日本にも岐阜高山の古い街並みのように、店同士が競合しつつも街としてひとつに調和していた時代もあったような気がするのです。

これから日本の観光を盛り上げていくには、変に現代的な建物を作るわけでも変に目新しいことをするのでもなく、全体に統一された「普通の」街並みを作っていくが大切なんじゃないかなーと思います。

そんなことを考えながらザンジバルの滞在は続きます。

【遠くアフリカH】に続く
posted by 星燈社 at 01:16| 『遠くアフリカ』

2010年06月11日

遠くアフリカF




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イリンガの街で布を買った僕らは、ルアハ国立公園でアフリカの大自然を満喫した翌日、バスで7時間かけて再びはじまりの街ダルエスサラームへと行きました。
イリンガは高地にあるので、心なしか空が近いような気がします。


タンザニアの朝はみんなあまーい紅茶を飲みます。
僕らも道端に出ていた屋台で紅茶をいただきました。
これさえあれば一気に血糖値が上がっていく気がします。
が、同時に甘すぎて血管が詰まる恐れも感じたりして。

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紅茶屋のおば様の着ているカンガが素敵。

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あと椅子に敷いてある布も。



イリンガからダルエスサラームへ行くバスは、9時間ぐらいかかるのですが、一人で来た往路とは違って復路は話し相手の池田くんがいるので、ずいぶん短く感じられました。
ただ相変わらずバスはものすごい速度で進みまして、9時間のうちバスが停車したのはトイレ(草むら)休憩の一回だけ。
それでも街から街まで9時間かかるんだからアフリカはやはり大きい!

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ダルエスサラームでは、タンザニア最大級の布市場に行きました。なんでも、ここの布市場は縫製工房が隣り合っているので、買った布をそのまま加工できるとのこと。


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そんな話を聞いて布好きの僕らが黙っていられるはずもなく

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早速市場で買った布で何かを作ろうと


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布に鋏を入れていきます。

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そして縫製工房のおじ様に相談。

ここでもスワヒリ語が堪能な池田くんが、工房のおじ様と仕様について話し合います。
僕はスワヒリ語がわからないので、二人の会話の内容は類推するしかないのですが


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これは明らかに「いやー、むずかしいなー」っていうときの顔ですね。僕にでもわかります。

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でもけっこう真剣な面持ち。


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取り敢えずやってみることになりました。
ここではいまだに足踏みミシンが現役で活躍中です。

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あれ?なんかすごいしわくちゃになってますけど大丈夫ですか。


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「大丈夫かよこれー」と苦笑いの池田君。
そんな心配をよそに自信満々のおじ様。
足踏みミシンを踏みながら「オーケーオーケー!」と言いつつ

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なんか気のせいかおじ様も苦笑いしているような。
そしてその脇にはもはや苦笑いもできない池田くん。

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と思いきや


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なんとしっかり指定通りのものが出来上がりました。
手紙をまとめて入れておく「布封筒」です。


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A4の紙がすっぽり入るサイズ。
よーく見ると中のものを取り出しやすいように一部切込みをいれるという工夫も凝らしてあります。
手紙なんかをまとめて入れておくのにも最適。


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ちなみに使わないときは丸めておけば場所も取りません。

思いつきで作ったんですけど、これけっこう便利かもしれませんねー。縫製が大変そうですが是非製品化してみたいものです。
我こそはという縫製工場さん、ご連絡お待ちしております(?)!

そして明くる朝僕らは船に乗り、念願だった世界遺産の島・ザンジバル島へ行くのでした。

【遠くアフリカG】へ続く



posted by 星燈社 at 01:28| 『遠くアフリカ』

2010年05月13日

遠くアフリカE



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タンザニアの中では涼しく「タンザニアの軽井沢」と一部(ていうか僕らの間)で言われているイリンガという街に行き、やっと念願の布地を沢山見に行くことができました。

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イリンガの街並み。
キゴンセラ村に行った後だと都会に見えます。



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市場の近くで話す人たち。
独特の色彩のカンガを着こなすセンスはさすが。
同行の池田くん曰く「傘の柄が今の流行」とのこと。
しかし、どこの国も女性の方がお洒落ですねー。

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布屋の軒先は、さりげなく床のタイルまで素敵。

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そして見上げると色の洪水。



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棚にびっしりと色鮮やかな布。一軒目から目移りします。


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その他に何軒も布屋をハシゴしたのですが、
僕が特に気に入ったのはこのお店。
かなり個性的な布が揃っていました。


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たとえばこんなのや

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こんなの

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それにこんなカンガや

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こういうのもありました

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何よりお母さんの手伝いをしている少年の笑顔が素敵。
いい商売人になれよー!


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帰り道、瀟洒な時計台があると思ったら

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イスラム教寺院でした。
扉の意匠にまで工夫を凝らしていました。



タンザニアの庶民の女性たちは、色鮮やかなカンガを見事に着こなしていました。その光景の美しいこと。
でもタンザニア女性の憧れは綺麗なワイシャツに身を包んで仕事をすることらしいです。なんだか少し前の日本を見ているようですね。
日本の木綿織物の現状を見ていたらわかるように、一度日常着から消えたものを日常に取り戻すのは大変です。
タンザニアのカンガは日本のように「ダサいから着なくなる」という方向に進まず「かっこよくアレンジする」方向に進んでくれればいいなー。
しかし、そのためには皮肉なことに「西洋的なセンスを兼ね備えたタンザニア人」の存在が必要なのでしょうけれど。一回外の文化を見ないと自分たちの文化の良さには気づきにくいものですから。

なーんてことを池田くんと話し合いながら、旅は続いていくのでした。

【遠くアフリカF】に続く
posted by 星燈社 at 23:25| 『遠くアフリカ』

2010年05月06日

遠くアフリカD

【遠くアフリカ@はこちら】
【遠くアフリカAはこちら】
【遠くアフリカBはこちら】
【遠くアフリカCはこちら】


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大洪水の翌日、池田くんは朝からまた授業です。僕はつい寝坊してしまったのですが、授業が終わる間際には教室に滑り込めました。


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池田君と教え子。
「日本人は若く見える」とよく言われますが、確かに池田君の方が年下に見えます。



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授業後、池田くんは生徒たちの期末テストを準備するために学校で仕事をしなければならなかったので、池田家の台所で僕が料理。
これからの人生まあまあ長生きする予定ですが、後にも先にもタンザニアの台所で料理をすることはないでしょう。
しかも電気ナシ。



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できあがったのはこれ。
「シーフードココナッツミルクパスタ」です。
シーフードとは言ってもここは山の中。昆布や乾物・干し椎茸を水で戻したものなのですが。
そんな限られた材料で作ったものですので、我ながら
「見かけはいまいち!!」
と胸を張って言えるのですが、それでも乾物の旨みは日本人の舌に合うので、まさか遥かタンザニアのしかも山奥キゴンセラ村で日本の味を満喫できました。





食後はしばしのんびり。池田くんが熱心に撮影しているのはsk25.jpg




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当時できたてホヤホヤの茶筒の大・小。
中にはそれぞれ坂本くん・石島さんからのお土産のお茶葉が入っています。



そして実は池田くんはこの日から勤めている学校がテスト休みに入るため10日余りの休暇を取ることができ、僕と共にキゴンセラを出て街に向かうことになっていたのでした。なんと心強い。


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一路、赤土のアフリカらしい道へ。



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車が来たら2秒でわかる素敵な道路。




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街へ行くバスまでまだしばらく時間があるので、キゴンセラで一番人気があるバー(通称キゴンセラの銀座)でビールを飲んでいるときに、ふと目に入ったのは


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床屋の看板。もっとよく見ると





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すっごくガラが悪そう。
しかもご丁寧に左右の眉毛に剃りこみ入り。けど肝心の髪型は、タンザニア人男性のほとんど全員がスキンヘッドか坊主だったような…それでも床屋がやっていけるんだからタンザニアはすごい!


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それから大地震のように揺れるバスに7時間ほど揺らり揺られて辿り着いたのはソンゲアという街。





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丁度夕飯どきだったので炭火の焼き鳥を。





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焼いているのはさっきの床屋の看板顔負けのコワモテお兄さん。




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と思いきやニコリ



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お兄さん特製、焼き鳥のポテト添え。
ビールのつまみに最高です



タンザニアはもともとイギリス領だったので普通に英語は通じます。
でも英語よりもスワヒリ語で交渉するほうが圧倒的にぼったくられることが少ないので、色んな交渉の場面ではついついスワヒリ語をしゃべれる池田君に頼ってしまいました。

以下の写真は、焼き鳥屋のお女将さんとスワヒリ語で話す池田くん。
僕はスワヒリ語はわからないので、会話の内容を勝手に類推。



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「女将さん、焼き鳥うまかったよー」
「ホント?」
「ウソだと思うなら女将さんも食べてみなよー」




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「ホントだオイシーーーー!」
「でしょーー!」




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「オイシーーーーーー!!」
「ほらねーー!」



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そうして盛り上がった翌朝、朝イチのバスでイリンガという街に行き、やっと念願の布地を沢山見に行くことができたのでした。



【遠くアフリカEに続く】
posted by 星燈社 at 22:07| 『遠くアフリカ』

2010年04月10日

遠くアフリカC





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遅い昼食を取った後は、キゴンセラを散歩することにしました。


村の未舗装道路には車が来ることはないので、道の真ん中を堂々と歩けて実に気持ちいいです。


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はいちょっとすみませんブタ優先ですよー



なんとまさかのブタ飛び出し注意。でも池田家の庭で牛がたむろしていたときは流石に怖かったけど、ブタならそんなに怖くない。


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村の外れに素敵な川があるらしいので、村外れまで、ずんずん歩いていきます。



67.JPGん?あれはまさか…



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牛だー!!!



どうやら牛たちはつながれていた縄を引きちぎって自由行動しているご様子。でもこの牛たち、図体は大きいけど案外紳士でして、僕らに道を譲ってくれました。

と、足元を見ると



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蟻の行進!これじゃあよくわからないんですが、普通の働きアリの中に、明らかにものすごく強そうなアリが混じっているのです。


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皆様おわかりになるでしょうか


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こいつです。


絶対こいつの前世はクワガタ。このクワガタ、一度食いついたら文字通り死んでも離さないらしく、アフリカのある地方では人間が怪我をしたときに傷口の縫製としてこいつを利用するという話です。


さてクワガタ率いるアリ達の巣を見てみると


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ものすごい高さの雨よけ堤防を作っていました。
いやこれ、この後120%絶対に雨降りますよ。
だってこんな高さの雨よけ堤防見たことないですもん。

というわけで泣く泣く川下りを諦め、雨が降る前に帰路に着きました。


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帰りがけに見かけた池田くん行き着けのレストラン(通称レストラン掘っ立て小屋)。
365日メニューは唯一豆ご飯!


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家に戻ると、晴れていた空の雲行きがどんどん怪しくなり



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やがて大粒の雨に変わりました。


ずっと前に読んだ小説に「晴れと雨の境界」の話があり、人生に一度はその境界を見てみたいと思っていたのですが、まさかキゴンセラでその願いが叶うとは。雨は上から落ちてくるものじゃなく、波のように遠くから打ち寄せてくるものなんですね!


とはいうものの、やはり川下りできなかったのは残念だなー、とぼんやり考えながら外を眺めていると


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ん?


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家の前の道がいつのまにか川に。





これがなかなかどうして激流でして、「ここで川下りするぜー!」とか甘いことを言いながら迂闊に足を突っ込むと




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こんな目に遭います。







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そうしていい汗(泥?)をかいた後は、ぬるいビールを飲みながらこの日も夜は更けていくのでした。


【遠くアフリカD】へつづく


posted by 星燈社 at 01:42| 『遠くアフリカ』

2010年04月05日

遠くアフリカB



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アフリカ滞在4日目。タンザニアに到着してから毎朝早く起きてバス移動していたので寝坊したい気持ちもあったけれど、折角キゴンセラまで来たのだから友人が教師として働いている姿をひと目見ようと早起きしました。



88.JPGKIGONSERA SECONDARY SCHOOL。
SECONDARY SCHOOLというのは、要するに中高一貫校のようなものらしいです。学校ごとにシンボルマークは異なっているそうで、キゴンセラは村の名産品「牛とトウモロコシ」でした。


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それでは物理の教室へ。


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ガチャリ



47.JPG何やらアジのある理科準備室。案外立派な器具も揃ってるじゃないですかー。
と思いきや、立派な器具があってもここのタンザニア人教師のほとんどは器具の使い方を知らないらしく、宝の持ちぐされになっているそうです。

48.JPGそんな環境の中でも、授業がはじまる前から熱心に質問をしに来る生徒もいます。素晴らしい。しかしどう見てもこの場で完全に僕は邪魔者ですね。

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物理の授業風景。凹レンズの仕組みについて講義しています。みんな居眠りせずにしっかり授業を聞いていて偉い。
しかも教師の問いかけに皆が自由にレスポンスをするのに驚きました。
教師に当てられていないのに発言をするっていうのは少なくとも日本の中高ではあんまり見られない光景です。
恥をかくことを恐れずにまず行動をするのは大事なことだよなーとキゴンセラの中高生から学ばせてもらいました。


79.JPG
授業後の学生たち。何故か一日中ずっと楽しそうでこっちまで楽しい気持ちになります。



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次は数学の授業。
100分の24…ん?高校生に分数教えてるのか?と思ったら

「えー、僕は高校生のとき数学は200点満点の48点、つまり100点満点に換算すると24点をとったことがあります。かなりやばいですねー。でもこのヤマモトって人は200点満点中の2点、100点満点に換算すると1点しか取れてませんでした。1点!!だからお前らもガンバレ!」

まさかここにきて生徒を奮い立たせる口実で、僕の一世一代の恥が暴かれることになるとは。まあ生徒達も爆笑してたからいいんですけども。
彼らがこれで奮い立つなら、僕も恥をかく甲斐があるってもんです。



92.JPG
授業は懐かしの「絶対値」の計算について。
皆さん覚えておいででしょうか、絶対値の一次関数の計算。
僕はもう、完全に忘れました!


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ひと通り絶対値の仕組みを教えた後、生徒達に実際に問題を解かせてみる。
が、蓋を開けると白紙の生徒多数。よく見たら完全に問題解くの諦めてるらしい生徒すらいるし。
ああ…せっかく僕が恥をかいたのに奮い立っていなかったか…



81.JPG
何はともあれ、長い授業は終了。
正直なところ、授業の内容を理解できなくても講義中に居眠りせず板書をとっているだけでここの生徒達は本当に偉いと思います。池田教師もお疲れ様でした。


82.JPG
はいじゃあ今日の授業はここまでー。みんな起立ー。


83.JPG気をつけーー


84.JPG礼ーーーーー


85.JPG
先生ありがとうございましたーー


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ペコリ


衝撃。まさかタンザニアの奥地でこんな日本文化が輸出がされているとは…!おそらくキゴンセラで「起立・気をつけ・礼」が行われている瞬間を写真におさめたのは僕が最初なのではないでしょうか。




そして放課後。道でヤギに遭遇しました。53.JPG
「こいつさーマジで俺に懐いてるんだよー」



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ガブリ






タンザニアにはしっかりと朝ご飯を食べる文化がないそうで、お昼過ぎに、この日はじめてのご飯を食べました。
56.JPG
前日の夜に余った野菜と豚骨、それから干し椎茸と昆布で出汁をとったスープで

57.JPG
出来上がったのは味噌ラーメン…風の創作麺でした。
まあ見た目はいまいちですが、味は抜群!工夫をすればどんなところでも美味しいものは食べられるもんですねー。


【遠くアフリカC】へつづく
posted by 星燈社 at 23:14| 『遠くアフリカ』

2010年04月03日

遠くアフリカA



14.JPG
タンザニアのダルエスサラームからバスで丸1日かけて、イリンガという街に到着。
そして休む間もなく次の日の朝6時、キゴンセラへ向かうバスに乗りました。
ちなみにキゴンセラがどのぐらいマイナーなのかはGoogleさんで「キゴンセラ」と検索すればわかります。こんなにインターネットが発達した今のご時勢でこれしかヒットしないなんて!

33.JPG

でも天気は晴れ。格好の旅日和です。
しかし、バスが進んでも進んでも山。分け入っても分け入っても森。そんな場所にもやっぱり人は生活してるんですねー。
人が暮らす、ということは何だかおもしろいですねー。


さあそして、アフリカの赤土の道の上を10時間ほどバスで駆け抜けて、ついにキゴンセラに到着。
バス停で待っていてくれた池田くんは、2年ぶりに会うと随分男らしくなっていて驚きました。環境は確かに人を変えるんですね。


31.JPG村に着くと早速ニワトリがお出迎え。



32.JPGその後ろに続く僕ら2人(ウソ)。



38.JPGここがキゴンセラの中心部です。ここが…?



39.JPGそしてこちらがキゴンセラで一番の繁華街。繁華…?



40.JPG
ついでにこちらはキゴンセラで一番人気があるバー(通称キゴンセラの銀座)。
よく見ると日の高いうちから中に黒い影が。
そう、大盛況すぎて昼間から男たちが集っているんです。
ん?仕事は?


30.JPG
ここが池田くんの住む家。なんと一軒家。
「すごいねー、20代にして一軒家住まいかー」と僕がしきりに感嘆すると
「いや、でも俺の前にこの家に住んでたアメリカ人さーキゴンセラを1週間で逃げ出したんだって」と。
ちなみに「庭のどこまでが自分の家の敷地!」とかそういう概念はこのあたりの地域にはないそうです。
気がついたら家の前に牛が群がっていることもあるとかないとか。
えー、いやでもそれホントかー??






42.JPGホントでした。




41.JPG
これが家の中。なんかキューバの映画に出てきそうな、実に良い雰囲気。



19.JPG
家に電気は通ってないので、夕飯はまず炭火を起こし



25.JPGランタンの灯りのもと


24.JPG具材を切り分けます。




20.JPG
「電気なくても結構なんとかなるもんだよー」とあっさり言う彼は、最近日本でも注目されてきている「土に近い暮らし」をまったく力まずに実践していました。
土に近くシンプルな暮らしというのは躍起になって目指すものじゃなく、案外こうやってサラッとやれてしまうものなのかもしれないですね。

27.JPG
炭火で焼いたホイル焼きとぬるいビール。日本からキゴンセラまではるばる来て、しかもランタンの灯りの下で飲むとぬるいビールでもなぜかとても美味しく感じる不思議。


28.JPG
外に出ると、標高2000メートルのキゴンセラは満点の星空。
こんないい星空を見られるなんてはるばるここまで来た甲斐があったぜ、と、ここで旅の疲れが一気に取れました。

【遠くアフリカB】へつづく
posted by 星燈社 at 22:46| 『遠くアフリカ』

2010年04月01日

遠くアフリカ@

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先月のことになりますが、10年来の友人・池田くんに会いにアフリカのタンザニアという国に行ってきました。

彼とは日本・タンザニア間で手紙のやり取りをしていて「遠くアフリカによく手紙が届くもんだなー」と感心していたのですが、聞くのと行くのじゃやっぱり大違い。いやー、アフリカは遠かった!

まず日本から、国際線の飛行機が発着するタンザニアのダル・エス・サラームまで丸1日かかります。
そこからさらに池田くんが住んでいる「キゴンセラ」という村まで行くのにバスで2日。丸2日。
キゴンセラがどのぐらい遠いかと言うと、
タンザニア人「これからどこ行くんだ?」
僕「キゴンセラだよ」
タンザニア人「??どこそれ??」
というやり取りが何度も繰り広げられるぐらい。

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ダル・エス・サラームで一泊し、次の日の朝イチで僕が乗ったのはこんなバス。旧型であんまりスピードが出なそう。
と思いきや、走り出したらものすごい速度。
優に時速100キロは出てそう。一体何キロでてるんだよ、と計器を見てみたら「時速0キロ」。
ああ…計器壊れてるんだ…


03.JPG時速0キロで街の雑踏を抜け


04.JPGどんどん景色が


06.JPG開けてきました。


07.JPG
かと思いきや雨が降ったり


08.JPG
気がついたら晴れてみたり


09.JPG
外に野良キリンがいてタンザニア人が喜んだり


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しているうちに乗車から9時間。気がついたらあたりは山。
この時点で標高2000メートルぐらいあるそうです。


そして本日の宿泊地イリンガという街についたときには、外はもう真っ暗。やけに真っ暗。
ああ街中が停電してるんだ…。
さあ、ここからキゴンセラまであと1日。丸1日。


【遠くアフリカA】へつづく
posted by 星燈社 at 23:01| 『遠くアフリカ』