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2011年05月08日

函館に帰ってましたC

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函館特有の建築『和洋折衷町家』を改築したスペイン料理レストラン『La Concha』に行ってきました。

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案外値段もリーズナブルで、とてもおすすめです。
特に『タラとアサリのニンニクパセリソース煮込み』がとっても美味しいですよ。
函館に足を運んだ際には、ぜひぜひ一度お立ち寄りください。


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2011年05月07日

函館に帰ってましたB

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函館では、ゴールデンウィークにかけて丁度桜が満開になります。
高校を卒業して上京するまで、桜は5月に咲くものだと思ってました。

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ウグイスが桜の花の蜜を吸っててかわいかったです。

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帰り道、路面電車に乗りました。上の写真の『函館ハイカラ号』は観光用の特別車両なので乗ったことはないんですけどね。
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2011年05月06日

函館に帰ってましたA

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函館のケーキ店『スナッフルス』に立ち寄りました。
ここは『チーズオムレット』というひとくちサイズのチーズケーキで有名ですが、実はそれに負けず劣らずおいしいのが


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ミルクレープ。ちなみに手前にある丸いケーキがチーズオムレットです。
値段もお手頃で、ミルクレープが380円でチーズオムレットが130円です。
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2011年05月05日

函館に帰ってました@

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5月4〜5日に頂いた休みを使って、実家のある函館に帰ってました。
震災後、一気に少なくなった観光客の方たちの姿も随分戻ってきてて安心しました。

手前味噌ですが、函館は海と山とレトロな洋館のある街です。ぜひぜひいつか一度訪れてみてくださいませ。


ちなみに

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函館のスターバックスコーヒーも、景観に馴染んだレトロな建物です。
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2010年11月04日

インド・ネパールC



アグラからバラナシへ行く列車に乗っていると
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謎のオレンジ集団が登場。
これは…絶対関わり合いになりたくない。

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結局、絶対に関わり合いにならないつもりが

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ものすごく仲良くなってしまいました。

というのが前回までのお話。


そんな彼らともバラナシ駅でお別れです。
こんな沢山のオレンジ服を見ることは、今後二度とないでしょう。


バラナシ駅についた僕は、逸る気持ちを抑えてサイクルリキシャ(自転車タクシー)に乗り、世界中の旅人が集まる、ガンジス河付近の安宿街へと向かったのでした。

しかしこれがまた、雨季のせいか、はたまた整地せずコンクリートを敷いたせいか、サイクルリキシャが通る道はガタガタ。
しっかり掴まっていないと荷物ごと放り出されそうな勢い。

悪路なのはわかりますが、ちゃんと舗装されたところを選んで走行すればこんなに揺れることはないはず。これは客としてさすがにひとこと言わなければ。

「ちょっと運転手さん」

「ア?」

「さっきからすごく揺れるから、もっとちゃんとした道を通ってください」

「アイムオーケー」

ん?

「アイム、オーケー。センキュー」

んん?
もしかすると、この運転手のおじさんの、僕のことを「文句を言う客」じゃなくて
「悪路を運転する運転手を心配して言葉をかけている客」と見なしているんじゃ。
こんなにポジティブに物事を捉えられたら、さぞ毎日幸せでしょう。

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まあそんなこんなで無事にリキシャからは放り出されず、バラナシの中心街へと到着し、日本人の間では有名な「久美子ハウス」という安宿へと向かうことに。

とは言っても、「久美子ハウス」は別に良い宿というわけではなく、ある異空間として機能している・観光名所のようなところなのだという噂があり、その噂を僕もこの目で確かめようじゃないか、と思った次第なのでした。

その噂はたとえば

「マリファナ許して酒は許さずの掟がある」

「宿の限界以上に客を入れるため、通路に人がザコ寝してる」

「旅行者の生命線であるパスポートが何故か廊下に転がっている」

「ベッドが板」

なーんていう、ウソかマコトか・いやいや絶対にウソだろうという内容でして。

そんなまゆつば物の大嘘は実際に泊まって化けの皮を剥がしてみると、ほら見たことですか全部事実。

そんなわけで数日後、たまらず久美子ハウスから逃げ出すわけなのですが、まだそんなことを知る由もない僕は、一路「久美子ハウス」を目指したのでした。


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ちなみに、バラナシのほとんどの道は本当に狭く、人がサッと避けたと思ったら目の前に牛が現れあわや正面衝突しそうになります。

ひどいときは前と後ろから牛が現れ・さらには自転車も登場して、旅行者の僕なんかはかなり動揺して思いっきりのけぞりましたが、インドの人たちはさすが慣れたもの。
ギリギリのタイミングで紙一重の距離でうまーくかわすのです。
と思いきや時々手に包帯を巻いたインド人も見かけたりもするんですけどね。


それはそうと
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こちらが噂の久美子ハウスの外観。
もう何がなんだかよくわかりませんね。
ドミトリーと呼ばれる大部屋だと1泊150円です(ただしベッドは板)。



まあ久美子ハウスはいいとして、バラナシといえばガンジス河。
ヒンドゥー教の聖地なのですから、さぞ神聖な雰囲気なのでしょう。
カメラを携えてガンジス河まで向かい



さっそく発見したのは



おお!!


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昼寝中のヤギ!

ヤギさん!!ここヒンドゥー教の聖地ですよ!





しかしさすがヒンドゥー教の神である牛は、ヤギとはひと味違い



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堂々の熟睡。
川辺は風が吹いて気持ちいいですもんね。



と、川辺に目を向けると



あれ?
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駅で別れたはずのオレンジ服の人が


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また現れたと思いきや

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それどころかものすごい数に


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膨れ上がっていました。


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そんなこんなで、僕が見たガンジス河の第一印象は「案外観光地化しているんだなー」というものでした。
観光客が来るところに付き物の怪しげな勧誘が多いのはもちろん、出家した修行僧のサドゥーにしても、ただの観光客目当ての物乞いと変わらない場合も多く「そうか案外こんなものかー」と思ってしまったのが正直なところ。

でも、そんな中にも果たして本物はいるわけで。
あくまで全部僕の主観ですが、そういう人達は雰囲気が全然違いました。



たとえば
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この日の夕暮れ時に出会った修行僧たち。


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外国人が傍にいようがいまいがそんなの関係なく楽器を演奏して皆で歌っている姿はとても格好良く


.
思わず僕は息を飲んで見守ってしまったのでした。


そして僕を含め、周りにいる人皆に等しく菓子を分けたあと
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彼らは船に乗り


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歌いながらどこかへ消えていきました。


【インド・ネパールD】に続く
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2010年09月22日

インド・ネパールB



インディラ・ガンディー国際空港で出会い・そのまま何の因果かアグラの街まで一緒に旅をしてきたIさんと別れ、僕はひとりヒンドゥー教の聖地・バラナシへ向かうことにしました。

本当はアグラの街でもっとゆっくり過ごしても良かったのですが、アグラの街の中でも観光客が訪れるエリアは結構物騒で、しばしば日本人の若者が行方不明にあったり強盗に遭ったりするとのこと。

僕が訪れたときにも日本人数人がホテルの部屋に侵入強盗に遭ったらしく、連日その記事がインドの新聞を賑わせていたようです。

そんなわけで、アグラの街に長居するのもなんだか怖く、そして何より早く先に進みたい衝動に駆られてアグラの街を2泊で離れることにしたのでした。

とは言うものの
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僕が見る限りアグラの街は平和そのものに見えましたが。


一方、インドの西部・砂漠のラジャスターン地方へと向かったIさんは、残りわずか10日の旅で100本近い大量のペン束とカロリーメイト20箱以上を一体全体どうやって消費したのでしょうか。
いつかどこかで会ったら聞いてみたいものです。
(Iさんのカロリーメイト事件をご存知じゃない方は、どうぞ【インド・ネパールA】をご覧下さい。)

ちなみにIさんは英語を聞き取るのが非常に苦手。
たとえば、立派なカメラを提げているIさんを見たインドの子供が、写真を撮ってもらおうと

「フォト!フォト!」

と言ってくるのを、何をどう聞きまちがえたか

「ウォーター!ウォーター!」

だと思い込み

「はい!ウォーターだよ!!」

とペットボトルの水を差し出し、インドの子供と僕は唖然。
いや、だってカメラを指差して言ってるじゃないですか。
まあ結局その子供も、唖然としながらもIさんの水をガブガブ飲んでいたから別にいいんですけどね。

そんなIさんの挙動を思い出しながら、リキシャ(三輪タクシー)に乗っていると鉄道駅に到着。
リキシャに乗ると、大抵は降りる段になって約束していたよりも高い料金を言ってきて揉めるのですが、今回の運転手は良心的。
なんと、揉めごともなく約束通りの料金を払うことに。

約束通りの料金を払うだけなのに、なぜかこちらがお礼を言いたくなるのはインドの七不思議ですね。

そんなわけで気分良くリキシャを降りてバックパックを背負い、駅に向かって歩を進めていると、なんだか床が動いている…
と思っよく見たら道端に寝ている人達でした。なんでこんな場所に!

どうやら実はインドでは列車が何時間も遅れるのは普通のことらしく、この人間絨毯は列車を待ちくたびれて寝こけてしまっている人たちのようでした。

「うわーみんな大変だなー」
とどこか他人事でそんな人間絨毯を眺めていたのですが、僕の乗るバラナシ行きの列車も結局四時間遅れで到着。

でも僕の目的地のバラナシは日本人も多く訪れる街。
同じくバラナシへ向かう日本人と他愛もない話をして時間をつぶすことができました。
その中には、2・3年と長く旅をしている人や、僕と同じく大学の長期休暇を利用してきている青年、それから会社の休みを無理やりくっつけてやってきた『リーマン・パッカー』と呼ばれる人なんかもいます。
年齢も職業もバラバラで、きっと日本じゃ話すことはないだろう色んな人たちと、そうやって同じ旅人の立場で対等に色んな話をしたことは、今僕が生きていく上での大事な糧になっています。


さてそんなわけで随分遅れて到着した寝台列車に乗り込み、 僕の寝台席でいびきをかいて寝ているインド人を揺り起こしてどかし、泥のように眠ると


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夜は開けていて一面が緑。
外から入る風も心地よく、窓の外をぼんやり眺めていました。

しかし、途中で列車が田舎の駅に到着すると
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なんかすごい集団が列車待ちしています。
なんですかこのオレンジの集団は。
絶対に関わり合いになりたくない…!

と思っていると
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案の定僕の向かいの席に腰を下ろしました。
いやむしろ軽くオレンジに囲まれるかたちに。
これがオセロだったら僕は完全にオレンジになっています。



結局、絶対に関わり合いにならないつもりが



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ものすごく仲良くなっちゃいました。



聞くと、今はヒンドゥー教のお祭りの季節で、みんなお祭りのためにオレンジの衣装を纏い聖地のバラナシまで向かうんだそうです。

面白いもんだなーと思っていろいろ質問していると、彼らは
「どうやらこの日本人はオレンジの服に興味深々らしいぞ」
と思い込んだらしく、訪問販売よろしく僕にオレンジ着用を薦める猛攻がスタート。

「きみもオレンジ着たい?」
「いや僕は似合わないので結構です」
「似合うよ」
「いやそんなまさかー」
と日本人らしく謙遜するも

「オレンジ着る?楽しいし」
「たしかに楽しそうだけども」
「じゃあ着る?」
「いや似合わないので結構です」
「似合うよ」
「いやそんなまさかー」
「じゃあ…サモサ食べる?」
「いただきます」

とかなんとかやり取りをしているうちに、およそ二時間遅れでバラナシ駅に到着。

列車のタラップを降り、バラナシの地に降り立つと
「ここがヒンドゥー教の聖地か…!!」
となんだか感動もひとしお。
バラナシは、よくインドの風景として紹介される「ガンジス河の沐浴」や「火葬」が行われる地。
思えばずいぶん遠くまで来たもんです。


そんな青くさい旅情を感じていたそのときの僕は、まさかその数日後、ガンジス河を見に行く道中で野良犬と野良牛に追いかけ回されるなんてことは全く知る由もなかったのでした。

【インド・ネパールC】へ続く
posted by 星燈社 at 20:22|

2010年07月26日

撞舞

日曜日、関東三大奇祭のひとつ撞舞(つくまい)を見に行こう、と誘われ茨城の土浦で働く姉のところへ遊びに行ってきました。
調べると、この撞舞、どうやら無形民俗文化財にも指定されている神事だそうです。楽しみ!


土浦は日本一の蓮根の産地だそうで
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いたるところに蓮畑。
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季節になると蓮畑は一面蓮の花に包まれ、
夢のように綺麗な風景だそうです。

蓮畑の近くは緑に溢れ
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ザリガニが居たり
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ひょうたんが栽培されていたりします。
のんびりしていて、とっても良い生活環境です。

そんなわけで姉の愛車ミニクーパーで
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撞舞へ。
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クーパーさんかわいい顔をしています

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ちなみに後部座席にはアフリカ土産にあげた布が。
こうやって使うとちょっと洒落て見えますね。

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田んぼを抜けて車を走らせ

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田舎犬に会ったりしながら


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撞舞の会場へ到着。

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すでに沢山の人が集まってきていました。

ふと見上げると
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なんだかすごいものが空中にそびえ立っています。
これが撞舞の舞台になるのです。

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一方、奉納太鼓も
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とてもかっこよかったです。

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とても綺麗な藍色の浴衣を着ている方もいらっしゃいました。

さてそんなわけで
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撞舞の準備が始まります。

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太鼓と笛の音が響くと

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唐草文様の衣装を身につけ、雨蛙の被り物を被った二人が

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丸柱をずんずん登っていきます。
この「撞舞」は雨乞いや豊穣の意味を込めた儀式なので、蛙の面を被っているそうです。しかし、神事といえども遊び心はありましてところどころ軽業を披露して、観客を沸かせます。

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よいしょ!

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おおー!
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よいしょ!

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おおーー!


撞舞を見ていると、原田泰治の描く日本の風景が、そのまま目の前に現れたような、そんな心持ちになりました。また来年も見に行きたいものです。
posted by 星燈社 at 23:04|

2010年07月22日

信州・松本B


タテタカコ・コンサートの余韻を楽しみながら、松本駅前の居酒屋までのんびり歩きました。
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ウロウロしていると「まるも旅館」の灯りが見えて
なんだかホッとしたりして。
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「やど まるも」の文字がなんだか可愛らしいですね。
ちなみにまるも旅館は、珈琲店も併設しています。

さて行き着いた居酒屋は
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「松本さんぽ」でもイチオシだった「萬来」
午後3時から営業しているとのこと!
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店内はこんな雰囲気。
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お客さんは皆徳利を傾けて楽しそう。

僕もせっかく松本に来たのだからと
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松本の清酒「善哉」を熱燗で。
あ、安い!(庶民)


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明くる朝、「毎日新聞」ではなく「信濃毎日新聞」を手に取り
テレビ欄を眺めていると

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「TBS」ではなく「TSB」という放送局がありました。

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TSBのこの日のオススメ番組は「情報ワイドゆうがたGet!」。番組紹介を見ると
『横田アナがスイカ農家で収穫を手伝ったり、紙芝居を作るおじいちゃんの家で思わず涙した』そうです。
むむ!一方の渡辺アナは
『生姜焼き専門店で簡単にできるプロのしょうが焼きの味を伝授してもらった』とのこと。
いいなー!僕も是非プロの技を伝授してもらいたいものです。

そんなわけで松本は今日も快晴
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ずんずん歩いて
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まるも珈琲店へ。

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松本民芸家具に囲まれた、とても贅沢な店内。
かと言って気取った雰囲気はまったくなく、地元の常連客の方が新聞を読みながら過ごしておられる、とても良い雰囲気でした。

ちなみに、常連客らしいハンチング帽をかぶった素敵な雰囲気の男性が何か書き物をしているぞ、と思ってよく見たら、クロスワードパズルでした。

僕は朝食と昼食を兼ねて「まるもブレンド」と
ボリュームたっぷり「ハニートースト」のセットを注文。sDSC_1449.jpgわかりますでしょうか、このトーストの大きさと厚み。
これで650円。あ、安い!(庶民)

常連客の方に混じって、ついついゆっくり時間を過ごしつつ
松本のローカル新聞を眺めていると
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雑種子猫3匹もらってください、との記事。
責任持って飼ってくださる方は、是非小林さんまでご一報を。

それから
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全自動洗濯機をあげてもいい!という方は
是非松本さんまでご一報を。


まるも珈琲店でのんびりしたあとは
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無料レンタサイクルを借りて
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松本城へ。

松本散策のあとは、おみやげに信州おやきを沢山買い
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おやきで重くなった鞄を抱えて帰途についたのでした。


松本は、ちょっと小旅行するのに、丁度良い街の大きさです。
電車で30分ほどで諏訪湖もありますので、諏訪の温泉でのんびりしたあとに松本まで足を伸ばすのも楽しそうです。
今度の土日は松本への小旅行なんていかがでしょう。
posted by 星燈社 at 19:17|

2010年07月20日

信州・松本@

連休を使って長野県松本市へ伺いました。
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旅のお供は先日ご紹介した「松本さんぽ」。
これで松本の予習はバッチリです。

駅に到着すると、天気は雲ひとつない晴れ。
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駅舎も立派でした。

まずは「美ヶ原温泉」行きのバスに乗り込み
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松本民藝館を目指します。

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バスに乗って10数分。松本民藝館は、市街地から少し外れた、緑に囲まれたすごくのどかな場所にありました。
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ブドウが美味しそう。
なんだか自然沢山あって
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ふだんは気を留めない足元の緑にも
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目を凝らしてみたくなります。


あっ虫!
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こんにちはー


ちなみに松本民藝館の今の展示は
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「ざる・かご展」。すごくおもしろそう!

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松本民藝館の前には稲穂。
こういうところに住んでみたいなー。

というわけで早速
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お邪魔してきました。
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世界のざる・かごが展示された今回の展示もすごく良かったのですが、僕としては昨年松本民藝館で開催されていた「ガラス展」がひときわ印象に残っています。

日本や世界各地のガラス細工の中、倉敷でガラスを50年以上つくり続けている小谷真三氏の(おそらく直筆で)、モノ作りの信条となっている言葉が書かれた紙が展示されていました。
それは「健康で無駄がなく、真面目で、威張らない」
というもの。
この信条があってこそ、小谷さんのガラスは使っていて飽きの来ない美しい生活道具であり続けているのでしょうねー。

そして「虚飾なく、手を抜かず、驕らない」という気持ちの持ち様は、モノ作りに限らず、仕事でも、人と人との関係でも、とても大事なことだなーと当たり前のことに気づかされたのでした。

今回、民芸館の職員のお二人から色々お話を伺う中で
「先日倉敷ガラスの小谷真三さんがふらりとこちらに見えたのですが、立ち振舞いや話しぶりも、どうみても60代のそれでしたよ」
とお聞きしました。
ちなみに小谷さんは今年80歳になられる筈。
かっこいいなあ。僕もそんな風に歳を重ねたいものです。

そして民芸館を出たあと、炎天下の中ふたたびバスで市内へと戻りました。


【信州・松本A】へ続く
posted by 星燈社 at 00:05|

2010年07月15日

インド・ネパールA



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バックパックに28箱のカロリーメイトと大量のペンを詰めて旅に出た34才のIさんと出会ってしまった僕は、彼と一緒に40度近い灼熱の中「ジャマー・マスジット」というイスラム教寺院を見た帰り、夕飯を食べようと庶民的な定食屋に入りました。

僕が「ターリー」というカレー定食を食べる一方、Iさんは早速カロリーメイトで栄養補給。

「これを食べてると、僕はインドに来ている気がしないよ」
「じゃあインドのものも食べればいいじゃないですか」
「いや、できれば紙オムツのお世話にはなりたくないからね」
「インドの水は怖いですもんね!」

インドの普通の人が食べる「ターリー」のようなご飯は、熱を通したといっても生水を使っているはず。
紙オムツを持参するほどお腹を壊すのを恐れるIさんが、
インドの生水を恐れるのは、無理のない話。

僕も火を通していない生水は怖いので、
歯磨きをするときにはミネラルウォーターを使っていました。

しかし宿に戻って歯磨きをしているIさんを見ると
思いっきりインドの水道水でうがいをしています。

「え!!生水でうがいは危ないですよ!」
「いや、飲み込まなければ大丈夫かと思ってさ」
「そんな無茶な」

余計な荷物ばっかり持ってきているIさん。
何やらまた大きな袋をバックパックから取り出しています。
今度はいったい何だろう。

「その袋…何が入ってるんですか?」
「これ?粉末のポカリスエットだよ!もしお腹を壊して固形のものを食べられなくなったときに飲もうかと思ってね」
「でも水道水でうがいしてましたよね」
「いや、飲み込まなければ大丈夫かと思ってさ」
「そんな無茶な」

さらになんだか大きな棒状のものがバックパックから出てきました。

「それはなんですか?釣竿?」
「これは折り畳みの三脚さ。タージ・マハルを背景にして記念写真を撮りたくて買ったんだ!」

おお!やっとまともな荷物が出てきましたか。
そういえばIさん、カメラも随分立派なデジタル一眼レフを持ってきています。

そんなわけで次の日デリーを離れ、
タージ・マハルのある「アグラ」という街に列車で向かいました。
所要時間3時間半。車内はうだるような暑さで、座っているだけなのにどんどん体力を消耗します。

やっとのことでアグラ駅に着くと、沢山のインド人が
「タクシー?」
「リキシャ?」
「ホテル?」
などと言いながら、わらわらと群がってきます。

色んな人のインド旅行記を読むにつけ、

「ホテル名を告げたら運転手がよく知っていると言うのでタクシーに乗ったが、本当はそのホテルを知らないらしく変なホテルをたらい回しにされた」

というような記述をよく見かけます。が、それを防ぐのは簡単。
ありもしないホテルの名前を言えばいいんです。

「ウィッチ・ホテル・ユー・ウォントゥー・ゴー??」

「オニギリ・ホテル!」

「オーーー!!
オニギリ・オーナー、マイベストフレンド!オニギリーー!」

そういう適当なことを言う人についていかなければいいだけなのです。名づけて「オニギリ大作戦」。

「オニギリ大作戦」によって目当ての宿にたどり着いたときには、
うだるような暑さで僕らはすっかり疲労困憊。
「タージ・マハルに行くのは明日にして今日はゆっくり過ごそう」と思っていました。

が、宿のフロント係の青年が僕らの部屋までやって来て
「今日タージ・マハルに行かないと駄目だ。今日は無料だ」
とまくし立てる。

そんなまさか。そんなことがあるもんか。
だってタージ・マハルはインド人なら200円で入れるのに、
外国人は2000円以上の入場料をとられるのです。
それを、たまたまやってきた僕らが丁度よく無料で入れるだなんてありえない。

しかし会う人会う人
「今日タージ・マハルに行け」
「今日は無料だ!」と僕らに言う。
もしや、ホントに無料なんだろうか。
疲れを推して行ってみると
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果たして本当に
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無料で入場できました。

周りの人の話では、どうやらこの日はタージ・マハルに遺骨が納められている王様の命日だから無料開放しているとのこと。

確かに僕が王様だったらこんな風にsSCN_0024.jpg
皆で歌いながら
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お墓参りしてもらえたら嬉しいです。

ただ、無料と聞いてインドの人たちが飛び付かない筈はなく
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ものすごい人の数。

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子供たちは早くも飽きてます。

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まっすぐ先に見えるのは

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世界遺産タージ・マハル。

しかし僕はいざタージ・マハルを目の前にしても、
何だかあまりピンと来なく
「なんだ、こんなもんか」と淡々と眺めていました。


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だけど人混みを通り抜け
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やっとの思いで
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タージ・マハルの真下に辿り着き
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靴を脱ぎ素足でタージ・マハルの大理石に一歩触れたとき、ひやりとした冷たさとともにタージ・マハルのえもいわれぬ美しさに気づいたのでした。
こればかりは、写真ではわからない美しさなんじゃないかと思います。

それから何よりお祭りの楽しさに加えてこの日タージ・マハルに行けて良かったと思ったのは、「普通に暮らすインドの人」に会えたこと。

インドへ行った人の旅行記に、
「インド人は皆ウソつきで金を騙しとろうとする抜け目なさがある。親切にするからついていったら、最後は酷い目にあった。」
なーんてことをまことしやかに書いてあるのを見かけますが、僕はかなりこれに懐疑的でした。
観光で生計を立てている人には確かにそういう人も多いですが、インドの人が「皆」そんなはずはないと。

というのも、これを日本に置き換えて考えて
例えば新宿の歌舞伎町なんかで進んで見ず知らずの外国人に
「どこか案内するよ」って話しかけている一部の日本人を見て
「日本人は皆親切そうに近づいてきて騙す」と言っているようなものだと思うのです。

さてタージ・マハルで出会った人たちはsSCN_0020.jpg無邪気な男の子や

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精悍な青年
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それから元気な女の子たち。
日本の人と何ら変わらないなーと思いました。
旅行記なんかは面白おかしく書いてナンボなんでしょうが、インドのそんな側面ばかり語られるのは、何かおかしいなーと感じます。

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彼もいつか立派な大人になるんでしょうね。

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ホテルの屋上にある食堂からは、タージ・マハルが見えました。

折り畳み脚立を日本から持参していたIさんは、ここにきて俄然張り切って脚立を立て、デジタル一眼レフをセット。
タージ・マハルを背景に記念写真を撮る気まんまんです。

「さあ撮るよ!」

とカメラから手を離すと、三脚が変な動きを見せました。

「Iさん!三脚縮んでますよ!」
「あれ〜!!」
折り畳み三脚がデジタル一眼レフの重さに耐えきれなかったようです。
「折角持ってきたのに…」
つくづく憎めない人!

そして明くる日、インド西部ラジャスターン地方に行くというIさんと別れ、僕はひとりガンジス河が流れる聖地、バラナシへと向かう夜行列車へと乗り込んだのでした。


【インド・ネパールB】へ続く
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2010年07月14日

インド・ネパール@

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クローゼットを整理していたら、大学2年生の頃、2ヶ月弱インド・ネパールをぶらぶら彷徨っていたときの日記と沢山の写真たちが出てきました。

僕の感性が鈍いからか、よく言われるような
「インドに行って人生観変わった」なんてことは全くありませんでした。
そもそも数ヶ月旅行したぐらいでその国のことをわかるわけないですしね。ですが、日本にいたらきっと出会うことのないような日本人と出会い・いろんな話をしたことや、インドの人々の暮らしぶりを見られたことは、星燈社をはじめる上での大きな礎になっているなーとは感じます。

そんなわけで、僕の記憶がこれ以上衰えないうちに「星燈社ができるまで」という意味を込めて不定期連載旅日記「インド・ネパール」を書いてみようかと思います。
どうぞよろしくお付き合い下さいませ。


海外旅行のガイドブックに、「地球の歩き方」というとても有名なシリーズがあります。
大学生協の「地球の歩き方」売り上げランキングといえば
「アメリカ」「イタリア」「フランス」「ヨーロッパ周遊」なんかが上位を占めるのが普通なのですが、僕の通っていた大学では何故か売り上げナンバーワンに大体いつも「インド」が君臨していました。それだけでもかなり異様な光景。

しかしそれどころか「まーまずはインドに行くのが基本でしょ」というような変な雰囲気すらあったのでした。
たぶん今も依然としてあの雰囲気は健在なんでしょうけど、インドへ行くことが一体何の基本になるんでしょうね。

と言いつつ僕も例に漏れず、そのなんだかわからない雰囲気に染まり・外国を見聞しないといけないと何かに追い立てられ・焦り・気がつけば地球の歩き方「インド」を手に取っていたのでした。
そしてあれは確か8月上旬、父からもらった銀塩カメラ「Nikomat EL」と沢山のフィルム、それといくらかの現金を持ってインドを目指しました。

ちなみに荷物の軽量化を図るために、何を思ったか真っ先に洋服を減らし、着替えを一着しか持って行かず非常に後悔したのはもっとあとのお話。
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成田空港を離れ

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乗ったのはエア・インディア

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気がついたら日本を遠く離れ
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雲の上。


飛行機に乗っている時間は8時間ぐらいあるのですが、僕はずっと「地球の歩き方」を読んでいました。
というのも、インド最初の難関は「空港に降り立ってからその日の宿にたどり着くまで」だそうで、「地球の歩き方 インド」の最初の80ページぐらいは無事に空港から市内に行くまでのハウ・ツーに割かれているのです。
もはや地球の歩き方じゃなくて「インドの入り方」。
具体的にどういうことかというと、多くの旅行者は空港から市内に行くまでの間に騙されるパターンが多いそうで、たとえば

@高額ツアーコース
空港でタクシーを借りる→目的の宿まで行ってくれと頼む→タクシーの運転手に「ツアーを組まないとインド旅行は大変だ!」と唆される→宿には行かず、タクシーでひたすら高額ツアー(10万円ぐらい)を組むまで悪徳ツアー会社をハシゴさせられる→スッテンテン

もしくは

Aマリファナ・偽警察コース
空港でタクシーを借りる→目的の宿まで行ってくれと頼む→タクシーの運転手に親しげに「インドに来たならまず大麻をやらなくては!!」と唆される→仲良く大麻を吸っているところで偽警察が現れる→「有り金全部払ったら見逃してやる」と脅される→スッテンテン

または

B強盗コース
空港でタクシーを借りる→目的の宿まで行ってくれと頼む→人気のないところでいきなりタクシーが止まる→タクシーの運転手に「金を出せ」と脅される→スッテンテン

と、そんな風にいずれにしても旅の始まりからスッテンテンにされる可能性が非常に高いらしい、とのこと。
「いやそんな怖いことはありえないでしょー!」
と思われるかもしれないんですが、@の「高額ツアーコース」はみんな最後に「バラナシ」という街が終着になるようで、のちに僕はバラナシの街で、沢山のスッテンテン日本人に会いました。

特に「帰国まであと一週間あるのに全財産1000円しかないんですよ…宿泊費込みで」と話している青年と会ったときにはさすがにバナナを買ってあげました。


そんなわけで恐れをなしつつ
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インドの玄関口、首都デリーの
「インディラ・ガンディー国際空港」に到着。

「あらかじめ日本でホテルの予約をし、ホテルから迎えが来ている日本人をつかまえて、迎えの車に便乗する」名づけて「コバンザメ大作戦」によって無事にデリー市内へ到着した僕は、貧乏旅行者には有名な「パハール・ガンジ」という通りに降ろしてもらいました。

パハール・ガンジの通りの両脇には、所狭しとバックパッカー目当ての土産物屋や真っ黒な油でサモサを揚げている屋台、安宿が軒を連ねています。

道端に座ってチャイを飲んでいるおじさん達や寝転んでいる牛を眺めながら歩いていると、インド人の兄ちゃんが英語で話しかけてきました。
「やあ!きみ日本人?」
「うんそうだよー」
「僕は英語を勉強しているんだ!さあ英語を教えてよ!」
「いや…英語話したいならアメリカ人に話しかけなよ」
「ハハハ!さあ英語を話そうよ!」
「いや…今宿探しに忙しいからいいよ。」
「じゃあ僕が安い宿に案内してあげるよ!」
「あれ?英語の勉強は?」
「ハハハ!カモン!」
「カモンって…宿は自分で探すからいいよ」
「そう…じゃあマリファナ買わない?安くするよ?」

なんで自称・英語の学生が安宿の勧誘したりマリファナを売るのかよくわかりませんが、とにかく追い払い

宿を見つけました。
先のことを考えてエアコンなしの
220ルピー(1ルピー3円なので、660円ぐらい)の部屋。
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はやる気持ちを抑えてバックパックを部屋に置き

夜のデリーの街へ。
ひとりでインド・チャイを飲んでいると「そうかインドに着いたのか」とやっと実感が沸いてきました。が、そんな感傷も長く続かず「写真撮ってくれ!」インド人青年にもみくちゃにされ、仕方ないから写真を撮ってあげることに。
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かっこいいつもり

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床屋の彼に「インドまでに写真送ってくれ!!」と言われていたのを今思い出しました。ごめん!これで勘弁してね!
ところで何で床屋なのにバンダナ巻いちゃったんでしょうね。


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翌朝早く起き、
チャイの屋台へと足を伸ばしました。

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なぜかキメ顔が真顔のインドの人たち。
チャイ持って真顔なのはどこか異様ですね。

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実は2日目の朝、「コバンザメ大作戦」で空港から街まで行くタクシーに僕を相乗りさせてくれた日本人と「明日一緒に行動しよう」と待ち合わせをしていたのでした。


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ツインルームに泊まれば宿代も安上がり。見たところどうやら悪い人じゃなさそうだし、年の頃も僕と同じぐらいのよう。
待ち合わせ場所に来た彼に、気になって歳を聞いてみた。
「今おいくつですか?」
「僕?…34」
「34!」
若い!どう見ても20代前半。
「しかも子持ちで」
「子持ち!」
「でも離れて暮らしてるんだよ」
「まさか!」
何やら色々と複雑な事情が。人は見た目によりませんね。

「実は今回の旅は、インドで自分を見つめ直そうと思って、思い切って仕事を辞めてやって来たのさ…」
「そうだったんですか…!」

沢木耕太郎の「深夜特急」に憧れ、仕事を辞めて自分の人生を見つける長旅に出る人たちは、いまだに結構多いのです。
早速そういう人種に出会ったかーと思いつつ、宿にチェックインして彼の荷物をしげしげと見ると、
そういえばかなり大きなバックパックを背負っています。
たかが1、2ヶ月の旅の僕とは旅の重さも長さも全然違うんだろうな。
「そんな大きな荷物なら、さぞ長旅なさるんでしょうね…!」
「いや2週間」
「短い!じゃあなんですかその大荷物」
「これ?見るかい?」
と言うや否やバックパックから出るわ出るわ、不要な荷物。

「まず、インドの食べ物が口に合わなかったときのためにね、
14日分のカロリーメイト。朝は我慢して昼・晩の28箱。」
「はあ…」

「それに、インドの子たちはペンあげたら喜ぶって話を聞いたから、100円均一で沢山買ってきたペン。」
出てきたのは100本を超えるんじゃないかというペンの束。
「そんな話いったいどこで聞いたんですか…」

と、僕が呆れてベッドに寝転ぼうとすると
「あ!山本くんちょっと待った!」
彼がバックパックから取り出したのは数種類の殺虫剤。

それを颯爽と両手に構え、僕のベッドに向けて噴射。
まさに殺虫剤を持ったスティーブン・セガール。

「プシューーーー」

「さあ、これでダニは退治したから大丈夫だよ…」
「はあ…」
さらにバックパックから、出てきたのはひときわ大きな包み。

「あれ、その大きい包みはなんですか?」
「これ…?紙オムツ」
「え?!オムツ!?」

「だって山本くん、考えてもみてごらん。
インドの夜行列車に乗っているときに、急にお腹が痛くなったらどうする?きみは荷物を置いてお手洗いに行くのか?
そしたら荷物が盗まれるじゃないか。
そこでこの、紙オムツの出番さ!」

「でも…盗まれるって言ってもカロリーメイトとペンしか入ってないじゃないですか」
「まあ、それはそうなんだけどね…」

インドに来て、まず最初の困難は空港で彼と出会ってしまったことかもしれない。
そんな心の片隅に浮かんだ不安を振り払いつつ「ジャマー・マスジット」という遺跡を見に出掛けることに。

宿を出ると、早速物乞いの子供が僕らを見つけて駆け寄り、アルミのコップを差し出してきました。
コップの中にはいくつかのルピー硬貨。
そして哀れげな顔をして「ワン・ルピー」と一言。

これが物乞いか、どうしたものかなーと思っていると、
同行の紙オムツの彼(34)が何か思い付いたように自分のバッグを開け、取り出したるは100円均一のペン束。
それをすかさず少年のアルミコップに投入。
「!?」「!?」
目を丸くして彼を見つめる僕と物乞いの少年。
少年のアルミコップがペン立ての様相を呈しています。

そんな呆れ顔の僕と少年を見て
「ペン、欲しいかなと思って…」
「いや…すごい欲しくなさそうなそうな顔してますよ。」
それから少年は丁寧にペンを返却したあと、もう一度
「ワン・ルピー!」
やっぱりこれから先が思いやられそうです。
そして遺跡を目指して猛暑の中、デリーの街を歩いていると

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牛だ!

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よく見たら牛が黒・茶・白のきれいなコントラストで整列。暑いのと先が思いやられるのでくじけそうな中、なんだか嬉しくなった瞬間でした。


【インド・ネパールA】へ続く
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2010年04月28日

桜前線を追って

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先週の土日は久しぶりに仕事を忘れて、大学時代の写真部の友人達と北茨城・平潟港、それから福島県・いわき湯本温泉を旅してきました。

丁度桜前線を追う形になり、いわきの辺りで丁度桜が満開でとても綺麗でした。(実は慣れない車の運転に必死で僕はあんまりちゃんと桜を見れなかったんですけども。)

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幹事の平尾氏おすすめの宿「暁園」。ここの鮟鱇料理が絶品とのこと。



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海辺のタンポポ。



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それからなぜか落ちてた季節外れの栗。
何を隠そうこの栗を見つけたのは…




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通称「かっこいい方の山本くん」。残念ながらまったく異論はありません。



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でも悔しいから山本くんが地元のおば様を口説いている瞬間を激写(ウソ)。



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「あれ何か動いてる!」
「海草でしょ」



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田舎犬!



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しかし田舎犬こちらを振り向かず



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と思いきやチラリ



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「あれ何か動いてる!」
「海草でしょ」



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平潟港。



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市場にて。トロあじが美味しそう。と、その左上に


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にくもち。名前がかわいいです(美味しいのかは不明)。



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試食とは思えない大きさのシシャモ。こういう豪快さ好きです。



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そんでもって期待の夕飯では


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未だかつて食べたことのない美味しさの「あん肝」が!舌の上でとろけました。



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新鮮な刺身もこんなに。



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いわき湯本温泉にはこんなポスターが貼ってあって素敵でした。やはり東北は良いですねー。

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2010年03月23日

やっとニッポンへ

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アフリカの布カンガ・キテンゲをバックパックいっぱいに詰め込んで(税関であらぬ嫌疑・関税をかけられそうになりながらも)無事に日本へ帰国いたしました。
ああ、遠かったアフリカ!しかし、なんともすごく実りのある時間でした。
少しの間でも、住み慣れている日本を、遠く外国から「ニッポン」として客観的に眺めることであらためてハッと気づくことが沢山ありました。

さて気がついたら日本はもうすぐ四月。いいスタートを切りたいものですねー!

おまけ
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タンザニア・イリンガの街で見かけた布(カンガ)。日本風でもアジア風でも欧風でもなく、実にアフリカンな布。なんとも実直。

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2010年03月18日

タンザニア

タンザニアからこんにちは、山本です。

僕は今タンザニアのザンジバルという島にいます。
ザンジバルには「ストーンタウン」と呼ばれる世界文化遺産の街があります。
イスラムやヨーロッパの影響を受けて造られてきたザンジバルのストーンタウンの迷路のような街並みには、今も多くの人々が暮らし生活しています。
変な言葉ですが「生きた遺産」なんだなーと感じます。
たまらなく良いです、ザンジバル。

ザンジバル島はイスラム教徒が多く、チャドルを着ている人が多いのですが、
それ以外のタンザニア人女性の多くは「カンガ」や「キテンゲ」と呼ばれる大きな布を服に仕立てて着ています。
僕も池田くんの案内で生地屋に通っては布をたくさん購入してているんですが、服にしても僕にはとても着こなせる筈もないので、風呂敷やあずま袋にして使うつもりです。それでも使いこなせるか心配です!

ではでは、無事帰国したら布や街並みなどなどの写真をアップしますねー。
それでは日本の皆さまも元気でお過ごしくださいませ。


posted by 星燈社 at 19:47|

2010年03月07日

今日からアフリカ

ビザも取得してバックパックも背負ってこれからアフリカに行って参ります。
俄かに、自分の中で何かが変わるような予感がしてすごく楽しみ。

それでは皆様も元気でお過ごし下さいませ!
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2010年02月28日

アフリカの池田くん

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アフリカのタンザニアという国に、北海道で共に雪に遊んでいた頃からの友人・池田くんがいます。いま彼はタンザニアの子供たちに物理を教えているのです。

いやはや北国の小さな街で毎日のように共に古着屋を散策し・ライブに出掛け・それからライジングランロックフェスティバルに行くのを何よりの楽しみにして情報を交換し合っていたあの頃は、池田くんがこんな風になっているとは全く想像してませんでした。

むしろお互い「いかに洒落た格好をするか」なんて浅はかなことしか考えていませんでした。池田くんモヒカンでしたしね。

さてさて、先日もお伝えしました、3月の長期休暇は、この池田くんに会いに行ってくるために取らせて頂こうと思っております。

つきましては、その間オンラインショップの注文・発送は一時お休みとさせて頂きます。お客様および関係者の皆様のはご迷惑をお掛けしますが、何卒ご了承下さいませ。

僕がタンザニアに行こうと思ったもうひとつの理由は、布です。
上の写真は先日池田くんを訪ねてタンザニアに行った友人が買ってきてくれた珈琲豆のパッケージで、なんとも素敵な原色の花模様。

お土産用の包装だとしても、これだけ綺麗な布に珈琲が包まれているってすごいと思っていたら、タンザニアに行った友人いわく「いや結構ふつうに売っていたよ!」と。
それはもう見に行くしかないと思った次第なのです。

池田くんは大学時代の4年間、古着屋でほぼ社員のように働いていたので、布に対する確かな眼を持っています。
彼の案内でいろんな布を持ち帰ってきますので、こちらも乞うご期待下さいませ。

おまけ

池田君がタンザニアから送ってくれた手紙たち。良いなーアフリカの切手。
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posted by 星燈社 at 12:30|

2010年01月27日

鳴子温泉冬の旅B

今更ながら、鳴子温泉冬の旅Bです。

[鳴子温泉冬の旅@]はこちら

[鳴子温泉冬の旅A]はこちら

下駄に浴衣という温泉街らしい姿で街歩きを楽しんでもらおうと、鳴子では無料で下駄を貸し出すという粋な計らいをしています。

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もちろんこれを履いて外湯へ。


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鳴子といえば名湯、滝の湯。ここで湯に浸からないと鳴子に来た気がしません。泉質が濃くとろっとした上質の温泉。
しかも入湯料が150円


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街には谷内六郎のイラストを使った行燈が各所に置いてあります。行燈の明かりが夜の雪道に映えてとても綺麗。

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「街を歩けば下駄も鳴子」。あいにく雪道で下駄は鳴りませんでしたが、鳴子は温泉街の情緒に満ちたなんとも素晴らしい街なのでした。
posted by 星燈社 at 23:01|

2010年01月23日

スペインの思い出

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今から3年とちょっと前、僕は兄弟と一緒にスペインとイタリアを旅行していました。
アントニオ・ガウディの建築に感動したのは勿論ですが、今でも瞼の裏に浮かんでくるのは、空港で見かけた民族衣装に身を包んだアフリカ人の男性の姿。

アフリカらしい原色の布はなんであんなに綺麗なんでしょうね!
そしてそれを着こなして、自分の根っこになる文化を誇っている(ように僕には見えた)のもまたすごく格好良かったのでした。

とは言いながらも、いまアフリカの都市部に住む多くの人々はTシャツにジーンズ姿なのでしょうけれども。

日本に住む僕らも、今いきなり「さあ!きものを着て街を歩こう」と言われてもなかなか難しいでしょう。僕もまだ無理かなー。

でもその段階にいたるずっと前のきっかけとして、日本の文様や色、布や暮らしの道具、それから季節の風物などを好きになったり意識するようになったりことはすごく大事だと思います。
星燈社は製品を通してそういうきっかけ作りをしていけたら良いなー、なーんてことを最近はよく考えています。

posted by 星燈社 at 00:54|

2010年01月09日

鳴子温泉冬の旅A

鳴子には、日程の関係で一泊しかできなかったのですが、その代わり宿泊したのは老舗・鳴子ホテル
この鳴子ホテルは地元民の中でも「一番良い宿」として名高いそうです。


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こちらが、その鳴子ホテルのエントランス。まさにシンメトリーの美。いい具合にこけし達も飴色になり貫禄が出ていました。



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そして何と言ってもこれ。鳴子ホテルオリジナル・谷内六郎浴衣。
本染(注染)で染め上げられていました。



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それから部屋に備え付けのつまようじ入れはこけし工人・遊佐妙子さんの作品。こんなところまでなんて細かい気配り!


鳴子ホテルが地元民の中で「一番良い宿」と言われているのは、値段ではなく、こうした小さな気配りやこだわりの結果なのだなと感じました。
まさに目から鱗。星燈社もそんな製品を作りそんな会社を目指したいものです。


【鳴子温泉冬の旅B】に続く

posted by 星燈社 at 01:11|

2010年01月07日

鳴子温泉冬の旅@

北海道の実家から関東まで戻ってくる道中、宮城県は鳴子温泉に寄ってきました。
目的は温泉・ずんだ・陸羽東線(キハ!)そして、鳴子こけし。
強風でダイヤが大幅に乱れる中、仙台から陸羽東線で鳴子温泉駅までやってきました。気がついたら鳴子に来るのももう3回目。

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早速こけし駅長のお出迎え。



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駅を一歩出ると鳴子名物『こけしガードレール』が!



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そして雪に包まれた山と街。なんて素敵な鳴子卿!



【鳴子温泉冬の旅A】
へ続く
posted by 星燈社 at 00:43|

2009年10月21日

雑踏

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インド・コルカタのリキシャマン。
いつかこのコルカタ名物とも言える人力リキシャも、人道に反するってなことで廃止されてしまって平成の幻となるんでしょうか。

そうしてまたいつか、懐かしのものということで観光名物として甦ると。なんてこった!
posted by 星燈社 at 02:11|

2009年10月09日

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ネパールで行われる女性のお祭りティージ。
みんな赤いサリーを着ていて、色々な柄がとても綺麗。
きっと若い子は気張ってこの日のためにサリーを仕立てたりするんでしょうね。

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日本で言ったら、夏祭りに張り切って浴衣を着るようなものでしょうか。
posted by 星燈社 at 17:52|

2009年10月08日

ダージリンの子供達

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ダージリンの子供達。全然スレていなくてかわいかった。
まだこの辺の子は写真が珍しいのかなー。
観光地なんか行くと写真とってと子供がせがむので仕方なく撮ってやると、カメラの裏蓋を覗いてきて(デジタル一眼レフを見慣れている)しかもワンルピーと金銭を要求しだすので、フィルム一眼レフの僕は特にいやな心持ちになるのです(だから時々シャッターを押すしたふりをして「撮ったよ!」と嘘をつく)。
だけどここの子達は写真を撮ってと恥ずかしそうに寄ってきて、撮ってあげたら「ありがとう!」と言ってニコニコしていたのですごく嬉しくなった。

posted by 星燈社 at 12:49|

2009年10月07日

彫刻

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流線型の彫刻。ギリシア。
posted by 星燈社 at 01:28|

2009年10月05日

巡礼

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スリランカからインド・ブッダガヤのスジャータ村まで訪れた仏教徒たち。緑と白の対比が驚くほどきれいだった。
日本の風景では見ることのない色の組み合わせだと思う。

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圧巻でした。
posted by 星燈社 at 00:52|

2009年10月04日

ダージリンの道具屋

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ダージリン・ヒマラヤ鉄道で山をひたすら登って7時間半。
標高3000メートル近い山の中にあるインド・ダージリンの街で道具を売って暮らすおじさん。佇まいが凛としていた。
posted by 星燈社 at 00:44|